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「人工知能の父」マービン・ミンスキー教授について知りたい ①その業績を振り返る

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2016年1月24日、マービン・ミンスキー教授が88歳で死去した。

 

人工知能の父」と呼ばれ、現在のAIの基礎を作り上げた重要な人物の一人である。

 

教授の偉大な功績を知ることでAIの歴史の一部が見えてくるのではないかと考え、米ニューヨークタイムズ紙が教授の死去の際に載せた追悼記事(「Marvin Minsky, Pioneer in Artificial Intelligence, Dies at 88 - The New York Times」)をあらためて読んでみたいと思う。

 

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科学者が持つ「知識への渇望」と哲学者が持つ「真実の探求」の両方を兼ね備えた人であったマービン・ミンスキー氏。

 

彼は人工知能の先駆的な開発者であり、パーソナル・コンピュータやインターネットの開発を促した人物でもあった。

 

ミンスキー教授は、コンピュータに「常識に基づいた判断能力」を持たせることができるという可能性を示し、人工知能の分野の基礎を築き上げた。

 

ミンスキー氏の友人であり同僚であったコンピュータ科学者のアラン・ケイ氏は「マービンは、豪華な計算機に過ぎなかったコンピュータから、人の労働を最大限に活かしてくれる道具という方向への変化を実現させ始めた、コンピュータ界の数少ない人物の一人だった」と評した。

 

ハーヴァード大学時代から人の知能と思考について魅せられてきたミンスキー教授は、人の思考プロセスと機械の思考プロセスとのあいだには何の違いもないと考えていた。

 

1950年代初頭、彼は人の心理プロセスを計算によって描き出す方法を研究し、どのようにして機械に知性を付与するか、という問題についての理論を作り出した。

 

1959年には、「MIT人工知能プロジェクト」を同僚のジョン・マッカーシーとともに設立。

マッカーシー氏は「artificial intelligence」という言葉を作り出した人物として知られている。)

 

この研究プロジェクトは、コンピュータ文化やソフトウェアのデザインなど、人工知能という単なる研究対象を越えた分野においても、近年のコンピュータ産業に深いインパクトを与えてきた。

 

デジタル化された情報は無料で共有されるべきであるという考え方は、いわゆる「オープンソース・ソフトウェア」を作り出し、世界最初のパケット通信ネットワーク「ARPAnet(アーパネット)」の一部となった。

 

このARPAnetが後のインターネットへとつながってゆくことになる。

 

ミンスキー教授の科学における業績は様々な分野に及んだ。

 

画像スキャナーや、触覚を備えた機械ハンドを世界で初めてデザイン・開発し、現代のロボット工学の発展に貢献した。

 

1951年には「Snarc」と呼ばれる世界初のニューラルネットワークを用いた機械を開発した。

 

またハーヴァード大学にいた1956年には、共焦点スキャニング顕微鏡を開発している。

 

これは超高画素の光学機器で、その画像クオリティは今でも生物学の分野で広く使われている。

 

彼の知性は幅広く、興味の対象も多方面にわたった。

 

ハーヴァード大学で数学の学位を取得しながら、音楽も勉強し、熟練のピアニストとして複雑なバロック音楽のフーガを即興で演奏したこともあったという。

 

また、ミンスキー教授は様々な賞を受賞してきた。

 

最も有名なものは、コンピュータサイエンスの世界で最も権威ある「ターニング・アワード」を1969年に受賞したことであろう。

 

1970年代初頭、著名なコンピュータ科学者であり教育者でもあったシーモア・パパートとともに「心の社会」と名づけた理論について共同作業をおこなった。

 

これは発達過程にある子供たちの心理の研究と人工知能の研究を組み合わせた画期的な研究成果で、1980年代中盤に書籍『心の社会』として出版された。

 

「知性とは単一のメカニズムによる産物ではない。知性は様々な媒介が相互関係を築き上げるところから生まれるものである」という提唱を行っている。

 

彼とパパート教授が提唱したこの仮定は、人と機械のあいだには実質的な違いは存在しない、という考えが基本になっている。

 

頭脳とは半自動的に動くがそれ自体には知能がない多くの「媒介」によって構成されたものであり、人はその頭脳によって動かされる機械である、というのが彼らの主張なのだ。

 

また、人は異なる仕事については異なるメカニズムを必要とする、という見解も述べている。

 

彼らの理論は頭脳がどのように働き、人はどのように学習するかということに関する考え方を革新的に変えたのだった。

 

前出のケイ教授は「マービンはコンピュータというもの、コンピュータリサーチというものがなにを意味するのかを定義づけた人物の一人だ」と述べている。

 

「当時4、5人のきわめて才能ある人物が存在していて、彼らは早い時期から全体を把握し、その人格と足跡をこの世界に残してきた。マービンはその一人だ」。

 

(「「人工知能の父」マービン・ミンスキー教授について知りたい ②その生涯を振り返る」へ続く。)